日本海と信州を結ぶ塩の道を歩き、歴史ある神社仏閣を訪ねる。道々では観音様やお地蔵様がやさしく道行く人を見送ってくれます。
山々のトレッキングもいいけれど、里から眺める山々もまた牧歌的で心なごむ風景。
萱葺き屋根の民家や、田んぼに移る木々の花々と白馬の山々、四季折々の風景は、何度訪れても新しい発見がいっぱいです。

塩の道小谷村

塩の道白馬村

大出の吊橋・青鬼集落

塩の道大町市

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塩の道はかつて信州と日本海を結んだ物資と文化の行き交う道。
小谷村から大町市に至る白馬村周辺の道々には今なお江戸時代の面影が残る。
北から南へダイジェストで辿ってみよう。小谷村の塩の道千国コースは史跡や石仏が多く残るコース。
普通の足なら北から南へ物資を運んだ道を歴史通りに歩くのがオススメだが、登りが多くなるので南から北へ歩いた方が楽チンです。
小谷村の詳しい塩の道の案内は・・・小谷村公式ホームページへ

源長寺三十三観音

千国諏訪神社

千国の庄資料館

弘法の清水

牛方宿

小谷村の塩の道は写真の史跡を巡る千国コースが毎年5月3日の塩の道祭りでも歩くもっともポピュラーなコースだが、他に気軽に歩ける天神道コース、健脚向けの地蔵峠越えコース、大網峠越えコースがある。

千国の庄資料館

当時を偲ぶ千国番所、塩倉が復元されています。民家を移転して造られた資料館では昔の様子がうかがえる展示物、小谷の暮らしを紹介する道中のジオラマもあります。
開館時間/8:30〜17:00(水曜日と12月〜4月冬季休館・) 入館料/大人200円・小人150円 電話番号0261-82-2536

牛方宿

千国街道に唯一残る牛方宿。街道の輸送に携わった牛方やボッカ等が寝泊りした宿。
間口6間奥行き10間の寄棟造りの茅葺きで、江戸時代後期の建築と推定される。
開館時間/9:00〜16:00(不定休) 入館料/大人200円・小人100円 電話番号0261-83-2021

小谷村塩の道マップ(小谷村HP)

千国コース / 天神道コース / 地蔵峠越えコース / 大網峠コース / 印刷用PDFマップ

四季の日記帳より過去データ

塩の道祭り2004 / 塩の道祭り2003 / 塩の道祭り2002 / 塩の道祭り2001 / 地蔵峠開き2004

塩の道小谷村

塩の道白馬村

大出の吊橋・青鬼集落

塩の道大町市

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雄大な北アルプスを仰ぐ白馬村の塩の道は同じ神社仏閣、同じ石仏が四季折々いろんな表情を見せてくれます。
どんな表情に出会えるかは、歩いてからのお楽しみ。きっといろんな発見ができるはず。
5月4日の塩の道祭りは、偶数年が白馬村北部(落倉自然園〜観音原〜平川神社〜グリーンスポーツの森)で開催(落倉自然園コース)され、奇数年が白馬村南部(佐野坂西国三十三番観音〜貞麟寺〜飯田神明社〜グリーンスポーツの森)で開催(歴史の道コース)される。

おかるの穴

切久保諏訪神社

おかるの穴
切久保部落のおかるという評判の嫁が、仲の悪い姑を、氏神様の宝物である七道の面の一つ般若の面をつけておどかしました。ところが面は顔にくっついたままはがれなくなり、おかるは瀬戸の淵にある洞穴に身を隠してしまった。以来この洞穴を「おかるの穴」という。


切久保諏訪神社
平安時代後期、皇室の庄園であった千国の庄(現在の小谷)が、設立されて間もない頃、鎮守の神として祭祀されてきたと思われる。9月の敬老の日には七道の神事(例祭)が執り行われる。

観音原百体観音

平川神社

観音原百体観音
観音原めぐり西国三十三番、坂東三十三番、秩父三十四番あわせて百番が揃う小さな霊場。馬頭観音を含めた187体の石仏は、江戸末期、伊那高遠の石工の作と伝えられています。

平川神社
明治32年の創建で、以来地元集落の産土神として崇敬されてきました。祭神は譽田別尊、息長足比売命で、八幡様と親しまれています。本殿は一間社流れ造り、拝殿は神明造りで、境内の大山桜の古木も有名。

飯森神社

飯森水神太鼓

飯森神社
塩の道(千国街道)沿あるこの神社は、祭神が水神様であることから、古来より雨乞い、水乞いの神として近郷の人々から崇敬を集めてきました。昔、八方池に住んでいた大蛇が人里にて危害を加えたということで、当時この地方を治めていた豪族(飯森氏)が奥宮を建てて守護神にしたと言う言い伝えもあり、八方池の湖畔に現存する鳥居も、この神社に由来するものです。

長谷寺の門

長谷寺

飯田神明社

浦安の舞

長谷寺(ちょうこくじ)
塩の道の名刹、曹洞宗示現山長谷寺。創建は大永6年(1526年)。この地域の土豪であった飯森氏の開基と伝えられています。本尊は十一面観世音菩薩。本堂の太い梁は現在も巨大な屋根を支えています。山門、参道に並ぶ石仏群、樹齢500年を越える老杉群など庭園も見事。

飯田神明社
神紋は桐、祭神は、天照大神・建御名方命・菅原の道真が祀られています。5月4日の塩の道祭りが白馬村南部(歴史の道コース)で開催される年(奇数年)と、毎年9月の例祭では、4人の神舞姫(みこ)が扇と鈴とを手に舞う「浦安の舞」がその年の小学校6年生達によって奉納されます。

貞麟寺

二僧塚

貞麟寺(ていりんじ)
弘治2年(1556年)、仁科氏の氏族であった沢戸兵部盛賢の母、貞麟尼が開基したとされる古刹。曹洞宗。4月下旬〜5月上旬に咲く境内の桜は見事で樹齢500年を越えるしだれ桜は天然記念物。境内、裏山ではカタクリの群生も見られます。

二僧塚
西行法師がこの地を訪れたとき、二人の僧の死にあい、野辺送りをしたという西行法師ゆかりの地。

佐野坂西国三十三番観音

佐野坂西国三十三番観音
佐野坂から青木湖西岸に通じる千国街道(塩の道)沿いの街道西側の小高い場所に東に面して置かれ、造立は文政十二年丑年、制作者は高遠片倉村の石工・伊藤堅吉と刻まれていて、現在は白馬村の村宝に指定されています。
三十三番観音について詳しくはさのさか観光協会のページへ

四季の日記帳より過去データ

塩の道祭り2005(南部) / 塩の道祭り2003(南部) / 塩の道祭り2002(北部) / 塩の道祭り2001(南部)

塩の道小谷村

塩の道白馬村

大出の吊橋・青鬼集落

塩の道大町市

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大出の吊橋と白馬三山

青鬼の棚田と五竜岳・八方尾根

青鬼集落

青鬼五月祭り

大出の吊橋
(おおいで)

清らかな姫川にかかる吊橋。バックには白馬三山の眺望、吊橋を渡ると萱葺き屋根の民家、白馬絶好のビューポイントです。写真を撮るのもいいし、絵を描くのもいい。春は桜と残雪の山々、夏の新緑、秋の三段紅葉と四季折々の姿を見せてくれます。

青鬼集落
(あおに)

白馬村の国道148号北端近くから東に入ること曲がりくねった道を車でのぼること約10分。石垣を築いた棚田、伝統的な萱葺き屋根の主家、集落の入口に佇む石仏群。昔ながらの山村風景が残る青鬼は、平成12年12月に白馬村青鬼伝統的建造物群保存地区に指定され日本の棚田100選としても有名。青鬼神社の火切りの神事は白馬村の無形文化財になっています。また、集落から眺める五竜岳、白馬三山の景色は大出の吊橋、白沢峠に負けず美しい。
また、5月中旬に青鬼五月祭りでは早乙女姿に扮装した女性達により紫米の田植えが行われます(2004年の模様)。

【白馬紫米】
古代米の一種で「南京香稲」と「朝紫」の2種が栽培されています。通常の米とくらべ収穫量が半分くらいと少なく貴重なお米です。他の米と種が混ざることなく栽培できる場所として、立地的に独立した青鬼地区で作られるようになりました。「道の駅白馬」では、米はもちろんおかきや大福などに加工してみやげ物としても販売しています。


【青鬼地区見学についてのお願い】

お車でお越しの際は、必ず集落入口の広場に車を停めて、集落内は歩いて周って下さい。集落内は道幅が狭く路上駐車をされると農耕車などが通行できなくなります。あくまでも地区の方の生活の場であることをお忘れなく、ご配慮願います。

塩の道小谷村

塩の道白馬村

大出の吊橋・青鬼集落

塩の道大町市

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大町市の塩の道、ひとつは青木湖の佐野坂西国三十三番観音から始まり木崎湖の仁科神社に至るのどかな湖畔と田園風景の道「湖畔道中」。
もうひとつは仁神明宮、文化財盛蓮寺、浄福寺跡、薬師寺と国宝や重要文化財の文化史跡を見学し、歴史と文化を偲ぶ北アルプスの眺望豊かな、「山麓道中」。どちらの道筋を歩いても最後は塩の道博物館によって、歩いてきた道のりをもう一度おさらいしよう。
大町市の詳しい塩の道の案内は・・・大町市観光協会ホームページへ
大町市の文化史跡の案内は・・・大町市文化財センターへ

中綱湖畔の桜

中綱水神社

海の口諏訪神社

森上址

流鏑馬の神事

若一王子神社(にゃくいちおうじじんじゃ)
垂仁天皇の時代に仁品王が伊装冊尊(いざなぎのみこと)を奉祀して社を建造。そして嘉祥2年(849)この地方の人々が、この地の創始の神として仁品王と妹耶姫(夫妻)を合祀。鎌倉時代、仁科盛遠が現在の大町の地に京都の都に習い理想的な町づくりをなし、新しく仁科の庄を開き、熊野那智大社より第五殿に祀る若一王子を勧進して、若一王子の宮と称されるようになった。

本殿は重要文化財、三重塔、十一面観音坐像は県宝、また7月下旬の例祭にて行われる流鏑馬(やぶさめ)の神事は県の無形文化財に指定されている。

国宝仁科神明宮(にしなしんめいぐう)
本殿は、桁行3間、梁間(はりま)2間、神明造、檜皮葺(ひわだぶき)。中門(御門屋(みかどや))は四脚門、切妻造、檜皮葺。釣屋(つりや)がこれらを連結している。ともに寛永13年(1636)の造営で、江戸時代初期の端整な建築である。神明造の建築物としては、わが国で唯一の国宝である。創祀(そうし)については不明だが、平安時代に遡ると考えられている。
また、仁科神明宮の御正体と木造棟札は重要文化財、9月15日の例祭にて奉納される仁科神明宮の神楽と、3月15日に奉納される作初め神事は、県の無形文化財に指定されている。

四季の日記帳より過去データ(塩の道祭り湖畔道中)

塩の道祭り2005 / 塩の道祭り2003 / 塩の道祭り2002 / 塩の道祭り2001 

【塩の道のまんなかは塩尻?】
さて、この塩の道、いったいどこまで続くのか。海で採れた塩を運んだ塩の道には、日本海は新潟県糸魚川を起点として内陸へ運ぶ北塩ルートと、太平洋は静岡県榛原郡相良町(現在は牧之原市)を起点として内陸へ運ぶ南塩ルートがある。日本海から太平洋まで長大なルートなのだ。その北塩ルートと南塩ルートがぶつかるところ、塩を運んだ終点が現在の塩尻であり、その地の名前の由来になっているという。

塩の道小谷村

塩の道白馬村

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